教育支援員

 私の家では、登校する子どもたちの歓声が毎日聞こえてきます。その度に思うのは、「どんな状況下でも、子どもたちが元気に学校へ行く姿は未来の希望」ということです。どうか今日も、「学校に行って良かった」「友だちと話ができて嬉しかった」という日になることを祈る日々です。

 それは、今でも鮮明に思い浮かぶ、私が最後に校長を務めた小学校での出来事です。ある日、教育委員会から私に、次のような電話がかかってきたのです
 「今、教育支援員さんの面接を終えたのですが、そちらの学校から教育支援員さん派遣の依頼がありましたので、そちらに赴任していただこうと思っています。男性で、65歳まで税務署に勤務され、この3月に退職された方です。教育に対する情熱はものすごくあり、今後は子どものために汗を流したいと言われています。これからそちらの学校へ行ってもらいますので、会っていただけますか?」
 私は、即座に「はい!喜んでお会いします」と返事をしました。校長を務めた前任校でも何人かの教育支援員さんに来ていただき、主に、配慮を要する子どもへの支援をお願いしていたのですが、その方々の子どもへの“接し方”や“言葉づかい”に、子どもへの“慈愛の眼差し”を感じていたからです。配慮を要する子どもたちは、どの子よりも“接し方”や“言葉づかい”を敏感に感じ取るのです。そして、“慈愛の眼差し”を肌で感じとることができるのです。
 教育支援員(教育サポート員、教育補助員と呼ぶ自治体もあります)とは、配慮を要する子どもの傍に寄り添い、担任の指導がその子にスムーズに入り、学習内容がきっちりと習得されるように、指導を“噛み砕いて”伝えてあげることが主な役割です。すなわち、担任と子どもとを“つなぐ”ことが重要な仕事になるのです。前任校では週20時間ほど勤めていただいていましたが、教員免許の有無にかかわらず、地域の方や主婦、また、退職された方などがおられました。
 
 面接に来られた元・税務署勤務のHさんは、当時の私よりも2歳お年が上の方でしたが、言動や表情に“若々しさ”を、会った瞬間に感じ取ることができました。
 「税務署退職後、どうして教育支援員をしようと思われたのですか?」
 「私は65歳まで、40年以上も税務署に勤務してきました。そして今後の残された人生を考えた時、これまでの経験を少しでも子どもたちの教育に役立て、社会に貢献できたらと思ったからです!」
 「そのお気持ちだけで充分です。ぜひ、本校に勤務していただけますか?」
 この時の面談時間は、わずか数分だったと思います。「これまでの経験を少しでも子どもたちの教育に役立て、社会に貢献できたら」という尊い思いをお聞きしただけで、私は目頭が熱くなり、ぜひこの方を本校に迎えたいと瞬時に思ったのを覚えています。
 翌日からさっそく勤務していただき、配慮を要する子どもに寄り添ってもらいました。私は毎日Hさんがおられる教室へ足を運び、Hさんの奮闘ぶりを見ていましたが、教育現場が初めてとは思えないほどてきぱきと仕事をされていました。担任との連携も見事で、担任の指導内容をHさんの“接し方”や“言葉づかい”で、スムーズに子どもへ“つなぐ”ことができていました。

 ある日のことです。いつものようにHさんとこどもの様子を眺めていると、Hさんは「手作りの教材」を持って指導しておられたのです。普段のその子からは考えられないほどの授業に対する集中ぶりに、私は思わず「あっ、すごい!」と感嘆の声を上げたことが今でも忘れられません。まさに「手作りの教材」が、担任と子どもとを“つないだ”のです。
 授業終了後、Hさんに「手作りの教材」のことをお聞きしたところ、
 「昨夜、子どもへどのように教えたら分かりやすいかと考えていたのですが、その時に思い浮かんだのがこの教材です」
 との言葉でした。また別の日、今度は校長室まで聞こえてくるHさんの声──。その子の名前を叫びながら、子どもを追いかけていたのです。配慮を要する子どもたちの心の状態は日々変化が激しく、不安定なものなのです。このように、Hさんの奮闘ぶりが、手に取るように伝わってくる毎日でした。
 「若さとは、年齢とは関係なしに、“今、熱情があるか否か”である」と、私は常々思ってきました。まさに、Hさんの子どもに対する言動に“若さ”を感じたのです。
 今後も教育現場に押し寄せる課題は、増えることはあっても減ることは決してありません。そうであるならば、子どもに対する指導・支援も多面的・重層的なものにしていく必要性が、いや増しているのではないでしょうか。教育支援員さんの存在も重要性を増していると感じる昨今です。

 今年は記録的早さでの梅雨明けとなり、ひまわりも咲き始めました。太陽に向かって大輪の花を咲かせるひまわり。その姿は、希望の太陽に向かって、日々歩んでいる教職員や教育支援員の方々の姿と重なって見えてきます。
 Hさんは、今日も子どもたちの笑顔のために、教育現場で汗を流しています。これからもずっと、子どもに寄り添いながら歩み続けることでしょう。
 「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う」(注1)

 ~ “日々、子どもと共に歩もう!”と、誓う日 ~  (勝)

(注1)「青春とは、心の若さである。」 サムエル・ウルマン著、作山 宗久=訳、角川書店、1996年6月 初版発行、22頁から引用。

himawari

皆さまの声をお聞かせください