紺碧の真夏の空高く、ジェット旅客機がまっすぐなひこうき雲を引いています。その光景は、子どもたちが希望の未来に向かってまっすぐに進んで欲しい、という今の私の心境と重なります。
しかし、現実に目を転じれば、未だ終わりの見えないコロナ禍、ウクライナでの戦禍、さらには、連日のように報道される悲惨な出来事に心を痛める日々です。そんな中で迎えた今年の8月の6日と9日 ── 私の脳裏にはユネスコ憲章の、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」(注1)という言葉が浮かんできました。今年ほど、“平和”という二文字が渇望される夏はないと思うのは、私だけではないでしょう。
未来に生きる子どもたちのため、我々おとなたちには、日々の生活が安穏で幸せを実感できる、平和な世の中を築いていく責務があります。その責務を果たそうとした時、立ちはだかる現実課題はあまりにも多く、絶望感に苛まれることもあるでしょう。しかし、命の尊さを深く心に刻み、一歩一歩と前に進んでいきたいと強く思います。
「平和への道はない。平和こそ道なのだ。」とは、インド独立の象徴であるガンジー(1869-1948)の言葉として知られていますが、平和とは“目指すゴール”ではなく、“現実の一歩一歩の中にこそ平和はある”という意味だと考えます。教育の次元でこの言葉を捉え直すならば、現実の絶望感に心折れることなく、“教育現場での日々の奮闘の中にこそ、平和はある”との教育理念を持つことが、今こそ大切であると思えてなりません。
それは、私が若い頃、小学校で担任をしていた時のことです。当時勤めていた学校の研究テーマは「平和教育」でした。その研究成果を、私が区で発表をすることになったのです。学校を代表しての発表ということもあり、管理職をはじめ、先輩教職員の指導を仰ぎながら、しっかりとした計画のもとで取組を進めていきました。
授業では平和教材を活用し、子どもたちに“戦争や原爆の悲惨さ・残忍さ”について、切々と訴える場面もありました。その時の子どもの発言や授業後の感想でも、子どもなりの“戦争や原爆に対する怒り”や“平和の尊さ”について多くの発言がみられ、手応えのある授業を展開することができたと実感しました。
この授業での子どもの様子や感想を取り入れて、教員として初めての研究発表に臨みました。発表後、校長先生や先輩教職員からはお褒めの言葉をいただき、自分なりには満足のいく発表になったと嬉しく感じたことが、今でも思い起こされます。
あくる日、大成功だった前日の研究発表が頭の中に余韻として残っており、私の心は晴れ晴れとしていました。「子どもたちのおかげで、大成功の研究発表になったのだ。子どもたちに元気よく朝の挨拶をし、まず、お礼を言おう!」との気持ちで、教室に向かったのでした。
「みんな、おはよう!」と、元気いっぱいに満面の笑顔で挨拶をしました。しかし次の瞬間、私の気持ちは、天にも昇る心境から一転して、深い、深い、底に沈んでいったのです。教室内を見渡すと、今日も朝からぐったりしている子、今日も遅刻でまだ登校していない子、今日も休んでいる子、今日もぽつんと一人でいる子、今日も乱暴な言動の子、・・・。そこには、いつもと変わらない風景があったのです。「そうか。子どもたちの日常は何ら変わっていないのだ。私の研究発表は、またそのための授業は何だったのか・・・。子どもたちは変わっていないのだ。平和について学ぶ取組だったが、“身近なところから平和を築く”という実践にはなっていなかったのだ。あまりにも形にこだわりすぎて、最も大切なことが欠落していたのだ」との無念さが込み上げてきたのを、今でも鮮明に覚えています。
「平和への道はない。平和こそ道なのだ。」
先のガンジーの言葉は、こんな時に心に留まりました。この時の私の心境とぴったりと合ったのです。心の深いところにガンジーの言葉が、“ストーン”と落ちました。
以後、眼の前の“子どもたちの幸せを第一”に、“今日、今、どれだけ子どもが変わったのか”を心に留めた授業づくり・学級づくりを心がけてきました。そして、子どもが変わるためには、まず、自分自身が変わらなければならないとの思いに至ったのでした。
この時に心の深いところで生まれた、生涯消えることのない“教育者としての芯”は、管理職になってからの、“子ども第一の学校づくり”につながっていきました。
今、しみじみと思います。 “あの時の子どもたちのおかげで、私は変わることができた”と。今ではもう40歳を過ぎたと思われる、あの当時の子どもたちに感謝の思いでいっぱいです。あの時に言えなかった言葉を、今、伝えたい思いでいっぱいです。
「皆さんのおかげで、私は変わることができました。本当にありがとう!」
まっすぐなひこうき雲を引いたジェット旅客機は、山を越えてはるか遠くへと飛んでいきました。その光景は、現実の試練・困難の山々を乗り越えて、子どもたちの希望輝く明日を目指して、日々奮闘されている教育現場の方々の姿と重なって見えるのでした。
~ 今日が、今が平和の道なりと、心に定める、終戦を迎える日 ~ (勝)
(注1)国際連合教育科学文化機関憲章(ユネスコ憲章)、文部科学省ホームページに掲載の前文から引用。