寄り添う

 たった一度の出会いであっても、いつまでも忘れ得ぬ人がいます。たった一度の語らいであっても、そこでの言葉が人生を左右するほどの重みを持つことがあります。
 私が小学校教頭時代に出会った、ある方の“魂からの言葉”も、私の教育者人生に大きな影響を与えるものでした。その記憶は、今でも実に鮮やかに蘇ってきます。

 私が勤めていた学校の区で、区教頭研修会が行われた時のことです。研修テーマは「不登校児童に対して、管理職としてどのように対応するのか」でした。参加する全ての教頭が、あらかじめ作成してきたレジュメをもとに発言し、質疑応答を交えながらテーマを深めていくというものでした。最後に、教育委員会から出向いて来られた指導主事に総括していただくという流れになっていました。

 区内の十数人の教頭が、それぞれの意見を述べ合いあいました。
 A教頭:「その子の気持ちを汲み取って、その子に寄り添い、丁寧に接していくことが大切です・・・」
 B教頭:「ご両親にも寄り添って、ご両親の気持ちを理解し、ご両親と密に連絡をしながら、その子に対応していく・・・」
 C教頭:「関係諸機関との連携を図り、その子にとってより良い方策について考えを出し合いながら、粘り強く取り組んでいく・・・」

 教頭たちの意見は、みんなそれぞれが実に立派なものでした。私も事前に校長の指導をいただき、自信を持って意見を述べました。教頭全員で意見を述べ合った後、指導主事の方が指導講評として、しみじみと語り始められました。

─── 本日はご苦労様でした。指導講評というよりも、みなさんのご意見を聞かせていただき、感想を述べさせていただきます。
 不登校を抱えた親にとって、その家庭はまさに毎日が地獄です。実は、私の息子も不登校なのです。今のみなさんの意見を聞いて申し上げますが、不登校の子どもを持った家庭は、そんな言葉では、決して語れない厳しい現実があるのを知ってください。そして、その厳しい現実は、各家庭によって全く違うのです。
 私は教育者です。本当に恥ずかしいことですが、我が子は不登校になりました。いったいどうして、どのようなことが原因で不登校になったのかは分かりません。今、みなさんが「寄り添う」とか「関係諸機関との連携」とか言われましたが、不登校を抱えた親御さんにとっては、理解していることばかりなのです。そうであっても、「より良い方策」などないのです。この現実をどうか分かって欲しいと思うのです。いや、分かるというよりも感じてほしいのです。それも、肌で感じて欲しいのです。「寄り添う」とは“肌で感じる”ことなのです。
 こののち、皆さんは校長となることでしょう。校長先生が先頭に立って、肌で感じることができれば、やがて学校から不登校児童はなくなると信じています。どうか、どうか、よろしくお願いします ───

 短い話でしたが、あまりにも赤裸々に、包み隠さず我が子のことを語ってくださったことに、私は驚きを感じました。その一方で、言葉でしか理解していない自分自身に情けなさを感じたのです。そして、指導主事の“魂からの言葉”を決して無駄にしてはならない、管理職自らが“肌で感じる”先頭にならなければならないと、心の奥深いところで思い定めたのでした。

 研修会からの帰路、私の頭の中には、「寄り添う」という言葉が駆け巡っていました。
─── 寄り添うとは、単にその子の目線になって一緒に考えていくことではない。自分がその子の立場に立つことだけでもない。まず、自分が変わることだ。自分の心のうつわを広げることだ。自分の心のうつわを相手の心にまで広げることだ。自分の心が、すっぽりと相手の心を包み込めるようになるまで、自分がどれだけ変わり続けられるかだ。心のうつわは、ガラスや陶器のように形が決まっているというものではなく、相手の心の状態に合わせて自在に形を変えることができるゴム風船のようでなければならない。そして、それは決して自己犠牲であってはならない。相手の心を包み込むことが、即、自分にとっても相手にとっても“慈しみのある豊かな心” になっていくことがとても重要なんだ ───

 このような思いにたどり着いた時、あたりは秋の夕暮れでしたが、私の心の中は晴れやかになっていたのでした。いつの間にか、「よし!明日からまた、教育現場で待っている子どもたちのために汗を流そう。いや、教職員の皆さんと一緒になって汗を流すんだ!」との決意が生まれたのを生涯忘れることができません。私はこの日に、“生まれかわった”と思ったのです。

 私が校長を務めた小学校では教育目標を、「”立ち向かい、乗り越える力”の育成」としました。そのサブタイトルとして、「寄り添い、自尊感情を高める」を設定しましたが、淵源はこの指導主事の“魂からの言葉”にありました。

 深まりゆく秋を象徴するかのように、花屋にはリンドウが並んでいます。教育現場で奮闘する教職員の方々の一人ひとりの胸元に、その花をそっと挿してあげたい心境になります。文化の日の勲章にも勝るとも劣らない“教育奮闘賞”として・・・。リンドウの花言葉は“寄り添う”です。

 ~ “寄り添うは、教育の本質なり”と、深く感じる日 ~(勝)

※「心のうつわ」について、本コラムの「多様性」(2022.05.24)でも触れていますので、あわせてお読みいただければと思います。

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